[原文]ラブ・ミー・テンダー

作者: AltX (柚子ゼリー)   2008-01-18 17:10:22
私が驚いたのは、両親が離婚するかもしれないということではない。彼らの離婚騒ぎな
ど、もう百遍目くらいだ。そんなことではなく、母は私に言ったこと、母の病気がそこ
まできてしまったということに、私は驚いたのだ。
電話で、母はとてもはしゃいでいた。
「離婚ってことになっても、慰謝料(いしゃりょう)なんていらないよ。お前も知ってる
ように、私はいい妻じゃなかったしね」
 ばかばかしい、と私は言った。
「慰謝料もなしでどうやってやっていくのよ」
 だいたい、七十になる老夫婦が離婚だなんてみっともない。くくく、というふうに母
は笑った。
「彼とやっていくよ」
「……彼?」
「このごろ、毎晩電話をくれるんだ。よっぽど私に御執心(ごしゅうしん)らしいよ」
 そう言うと、母はもう一度、くくく、と笑った。
「お母さん?ちょっと、大丈夫?」
「大丈夫にきまってるさ」
乾(かわ)いた音で、母は言った。
 コーヒーをいれながら夫に話すと、夫(おっと)は新聞を広げたまま、
「彼って、エルちゃんか」
と訊(き)いた。私がうなづくと夫は苦笑いをし、それから真面目な顔になって、
「医者にみせたほうがいいかもしれんな」
と言った。
夫を会社に、息子の高校にそれぞれ送り出し、後片付(あとかたづ)けをすませて二階に
上がると、私は本箱から『家庭の医学』を抜き出した。
 老人痴呆症(ろうじんちほうしょう)

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