CREA 2016年12月号
SPECIAL ESSAY
村上春樹「東京するめクラブ」より、熊本再訪のご報告
全文網上公開
http://crea.bunshun.jp/articles/-/12034
「東京するめクラブ」より、熊本再訪のご報告 (前篇)
文=村上春樹
今年4月のあの地震を間に挟んで、1年3カ月ぶりに目にする熊本市内はずいぶん様変わ
りしていた。まず最初に感じたのは、ずいぶん建物の数が減っているなということだっ
た。まるで櫛の歯が抜け落ちたように、通りのあちこちに空き地が目につく。隣家を失
ってむき出しになった建物の側壁も生々しかった。そしてコイン・パーキングの数がず
いぶん増えたみたいだった。たぶん空き地にしておくよりは、ということで駐車場が増
えたのだろう。だから街に全体的に「すかすかしている」という雰囲気が漂っている。
そしてもちろん、まだ取り壊されていない(あるいは修復されていない)多くの傷ついた
家屋があちこちに残されている。ほとんど倒壊寸前のものも少なくない。胸塞ぐ風景だ
。
熊本市在住の吉本由美さんは「大きな建物が突然なくなって、見慣れた風景ががらりと
違うものになってしまって、そのことにとても驚かされる」と言っていたが、その気持
ちはよくわかる。僕も阪神・淡路大震災のあとしばらくしてから神戸と芦屋を訪れて、
「ああ、昔とはずいぶん眺めが違うものだな」と驚いたことを覚えている。それはもう
僕が心の中にとどめている故郷の街ではなかった。たくさんの家屋が崩れて空き地にな
り、そこに新しい建物が建てられていく。古くからあったお店が消え、新しいお店が生
まれる。そのようにして新しい街が作られていく。
熊本の街を見ていると(今回は市内しか見られなかったけど)、そういう災害によって「
傷つけられた街」のひりひりとした痛々しさを肌に感じるのは言うまでもないことだけ
ど、それと同時に、それでも新しく再生していこうという「立ち上がる街」の新鮮な息
吹のようなものを、そこかしこに感じとることもできた。
あるいは人々の「平常復帰」への強い意志というか。
楽しく盛り上がったチャリティー・イベント
人の営みなんて、巨大な自然の前では所詮はかないものだけど、とにかく立ち上がらな
いことには何も始まらない。そうやって日本人はこれまでもがんばってきたのだろう。
都市部と郊外部とでは事情も異なっているだろうし、もちろん一概には括ってしまうこ
とはできないだろうけれど、4日間熊本の街を歩き回って、いろんな人たちと話をして
、個人的にはしっかりと前向きの印象を受けた(地震発生から間もない時期に訪れてい
れば、また違う印象を持ったのかもしれないが、住民のみなさんがまだ被害の渦中にお
られるときにやってきて、かえって迷惑をかけることになってはいけないと思ったので
、5カ月の間を置いて訪問することになった)。
今回の、9月初めの熊本行きの目的のひとつは、熊本復興支援「するめ基金」活動の一
環として、チャリティー・イベントを催すことだった。都築響一くんと吉本由美さんと
僕とで集まって何かをやって、その入場料を「するめ基金」の一部とすること。それで
「早川倉庫」という催し物会場(昔の醸造所を改築したとても興味深い施設だ)を借りて
、250人近くの人を集め、トークと朗読会みたいなことをやった。遠くはわざわざ青森
からみえた方までいて、3時間ほどの「集会」だったけど、みんなでなかなか楽しく盛
り上がりました。お酒でも飲みながらリラックスしてやれればよかったんだけど、事情
があってそれはできなかった。
もうひとつ、実際に熊本に来て、その現在の状況を目にして、全国のみなさんから寄せ
られた「するめ基金」をどのように使うか、その使途を決めるという目的もあった。大
事なお金だから、もちろん大事に慎重に扱わなくてはならない。というわけで、3人が
それぞれに「私は熊本復興のこういうところにお金を使いたい」という意見を述べあっ
た。寄付の受付は年末まで続くので、最終的に締め切られた段階で、集まったお金の具
体的な使い途をあらためてご報告したいと思う。段階に応じて『クレア』に活動レポー
トをアップしますので、どうかごらんになってください。(後編に続く)
CREA編集部より
CREA編集部では、熊本県を震源とする「平成28年(2016年)熊本地震」におきまして、被
災地のみなさまの支援を目的とした「CREA〈するめ基金〉熊本」を立ち上げました。
被災地のみなさまには、あらためてお見舞い申し上げます。
開始以来、たくさんの方からご寄附をいただいております。基金の趣旨にご賛同いただ
いた方々に厚く御礼申し上げます。
支援金の募集は、2016年内を持って締め切らせていただきます。
12月2日現在のご寄附の総額は13,005,309円です。
使い方や支援先については、今後、随時ご報告させていただければと思います。
支援金の募集は締め切りますが、これからもこの活動は続けていきます。引き続き、ど
うぞよろしくお願いいたします。
2016年12月6日CREA編集部