◆◇ 「 緒方恵美の、銀河で、ホエホエ。」 ◇◆ 2008年6月25日発行
vol.80「雨の季節が終わる頃」後編
(読者の方へ:この号は、前後編の「後編」です。
1号前のvol.79からお読み下さい)
「今までに参加したすべての作品が大切です」
その言葉にウソはない。いろいろな作品、そのひとつが欠けても、今の私は在り
えないのだから。
でも、すべての作品の内容やその役柄を明確に覚えているかと言えば、大量に「
こなしてゆくこと」が求められるこの仕事においては難しく、中でも振り返っただ
けで心がその時までタイムリープするような作品というのは、残念ながら非常に限
られている。
レギュラーで続いたテレビアニメなら覚えているかというと、そうでもない。む
しろ、たった1日、数時間触れた作品が、心を、カラダを捉えて離さない……そん
なことの方が多い気がする。
(もちろんテレビアニメでもたくさんありますが!!)
そんな、強烈な印象を残した作品の1つが、今日、発売になった。
ドラマCD「いま、会いにゆきます」だ。
活字中毒で、新聞からノンフィクションから大衆小説までいろんなものを雑多に
常に読みあさっているような私は、本屋に行くと「ぴぴぴ」ときたものを直感で買
いあさってくるクセがある(だからいつも1万円以上は軽く、、、(^^;)。
この原作小説は、そんな中の1冊だった。初版本だ。
たちまちそのセカイに魅せられ、涙・涙・涙。
映画も観た。涙。テレビは忙しくて1回くらいしか観られなかったけれど、でも、
DVDは本編だけではなくメイキングオンリー(?)のものまで買ってしまったほどだ
った(珍しいのだ私にしては!)。
その作品が、ドラマCDになるなんて!
超有名・人気作品でありながら、実写映画化もドラマ化もとうにすまされてしま
っている今、なぜこの作品が? と思ったけれど、ライトノベル以外の小説原作作
品に関わる機会が極端に少ないこの業界にあって、もともとそんな勢いで原作が好
きだった私が……なんて機会は、めったにあるものではない。
だからオファーを頂いた時から、ずーっと楽しみにしていたのだ。
ずーっと。
そうして届いた、映画やテレビの時とは違いほぼ小説に準じたシーンが展開され
る、ブ厚い台本(原作ファンには嬉しい←オタク)。読んだだけでいろんな涙がこぼ
れた。
でも本当にヤバかったのは、現場だった。
前後編2枚組の大作。
1時間前後のドラマCDなら(現場にもよるが)だいたい1日、それも5~6時間
で収録を終えることが多いのだが、この作品は2日間に渡って収録された。
……その後半が、特に、凄かった。
1シーン終わるごとに、全員がティッシュボックスに走る。
そのシーンの演者だけでなく、スタジオ内にいて聞いている他の役者も含めて全
員がである。そして10分、休憩になる。気持ちが入りすぎて次のシーンの導入が全
部、鼻声になってしまうからだ。
全員が泣いてしまうので、別録り(本線の声とかぶると困る声を別線で録ること)
もすぐにはできない。「こんな現場初めて…」と全員でいいながら、みんなで一緒
に鼻をかむ(笑)。オンナノコの役者は、現場で鼻をかむなんてナカナカ出来づら
いけど、そんなことかまっていられないくらいなのだ。
中でも圧巻だったのは、石田彰君の芝居。
彼とは何かと縁があり、いろんな作品で共演させていただいてきたのだが、こん
な石田君は初めてみた。
というか、女の役者が泣くシーンがある作品は割とよくあるけど、男の役者が泣
く……それも短く泣いてハイ次のシーン、じゃなく、ずっと泣き続けるなんて作品
自体が、稀有である。
しかも難病を抱えている、難しい役どころだ。
それを彼は、いとも簡単に(……の筈はないけど)深く浅く気持ちを揺らし続け、
笑い、ひきつり、哀しみ、泣き続けていた。
それを聞くだけでも、本当に一聴の価値アリの作品だと思う。
かくいう私は、石田君の芝居を聞いては泣き、泣いては切り替え、いろいろせわ
しなく過ごしていた(笑)。
そして後半の中盤過ぎくらいのシーンで、初めて、それは起こった。
平野綾ちゃん演じるお母さん相手に、佑司(私の役)が、初めて自分の抱えてき
た悩みを吐露するシーン。お母さんがまたいなくなってしまう、と聞いて、ぽつぽ
つと口を開き、段々とまらなくなってわーっと泣きながら激白する、本作中の名シ
ーンのひとつである。
凡作であれば、彼女と私は別録り確実なシーン。でもこのCDは、本当に微妙な掛
け合い、微妙な「ナマ」の掛け合いがあってこそ成立するCDだ。なのでこのシーン
も、イマドキの音響シーンにおいては比較的少ないチャレンジではあるが、一緒に
掛け合いで録ることになった。
このような条件下でそうしなければならない時、だいたい私の方が、自分のセリ
フでは爆発しつつ、相手役が喋っているときは音量を落としたり、相手のセリフの
隙をついて鼻をすすったり息を吐いたりして、邪魔をしないのが鉄則だ。
だからこのシーンも、そのようにやってみることにした。
ところが、自分でも思ってもみない現象が起きた。
とまらないのである。自分の声が、身体が、抑制できない。
これは、困った。
よく小さい子供が、あまりにも興奮して泣きすぎて、その後いつまでもしゃくり
上げ続けながら、言葉にならない言葉を発し続けることがある。
私の身体は、その状態に陥ってしまったのだ。
プロとしての頭が、抑えなきゃ、静かにしなきゃと思っていても、佑司に支配さ
れてしまったカラダが止まらない。お腹の底の方からしゃくりあげが次々とわき起
こってきて、カラダは揺れ続け、息が勝手に漏れていく。
それでも綾ちゃんが喋っている、大事なセリフを台無しにするワケにはいかない。
仕方なく私は、呼吸を止めるという戦法に出た。しゃっくり(「しゃくり上げ」と
は微妙に違うのだが……)を止めるときに息を止めると収まるように、綾ちゃんの
セリフの間にガマンすれば、少しでも収まるかと思ったのだ。
だが、無情にもカラダは揺れ続ける。ずっと横隔膜が震えている。
コドモ還りをしてしまった私のカラダは、呼吸を止めたくらいじゃゼンゼンダメ
なのだった(本物の子供はそんなことできないんだから当たり前だけど(^^;)。
それでも音量は少しだけ抑えられ、心と体は佑司のまま、文字通り激しく揺れな
がら、なんとかそのシーンを録り終えることができた。
長く声優をやってきた中でも、初めてのことだった。
そんな風に録った作品なので、やっぱりというか案の定、私のカラダはしばらく
の間、作品世界に支配されたままだった。
その日はその後ミーティングが2件。冷静なアタマを使うべく……いや使おうと
努力したにも関わらず、結局夜まで、作品がカラダを巡り続けていた。
寝ようとしたけど眠れない。……もう1時を回っている。明日も早いのに。
仕方ないので、石田彰にメールを打つことにした。(←メイワク)
「深夜にごめん。このメールで起こしてしまいませんように。寝ようとしたけど、
君の芝居がアタマを巡って眠れない。どーしてくれる?(笑)」
「こんなこと初めてで、もちろんこんなメールを共演者に送るのも初めて」
「今のままのあなたで、あなたの思う通りに進んでいってください。そしてまた
いつか縁があった時に、刺激しあえる役者でいられるよう頑張ります」
……確か、そんな内容のメールだったと思う。
そうしたら1時間後に、返信があった。
起こしちゃったか! と心配したけど、どうやら彼も私と同じで、眠れていなか
ったらしい(笑)。
メール、特に携帯のメールが苦手で時間かかるけど、僕も、今、この時間に気持
ちを伝えておかなきゃと思ったから送るよ、というような書き出しで、彼にしては
長い……本当に珍しく、長い長いメールを頂いた。
なんだかホッとして、グッと胸が熱くなった。
なのになぜかそれで落ち着いて、深い眠りに落ちられた。
まるでお父さんにあやされて眠る子供のように……(笑/失礼!>石田氏)。
なにはともあれ、良い作品なのです。
イマドキ私に、ごくごくフツウの、何のクセもない6歳の少年役をふってくださ
った関係者の皆様に、心から感謝!(笑)
機会があればご一聴下さい。
あなたの琴線に触れる作品に仕上がっていることを、祈りつつ……。
ご感想、心よりお待ちしています。