每日新聞 秀頼將背叛者從城牆丟落
http://mainichi.jp/articles/20160922/ddm/041/040/034000c
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大坂の陣の様子が書かれた文書(ハーグ国立文書館所蔵)
大意就現存於荷蘭海牙國立文書館的資料解讀
當時荷蘭東印度公司在日的貿易活動據點平戸荷蘭商館的書簡
大坂夏之陣約一週後,從在大坂的大名之家臣與商人們之間打聽到的情報。
「秀頼の数人の大名が、赦免が得られると考え、皇帝(徳川家康)側に寝返
るために城に火を付けたが、彼らは逃げる前に秀頼によって、その場で(城
壁から)落とされて死んだ。また、その火事を消すことは不可能であったた
め、戦う勇気を失っていた秀頼と他の大名たちは切腹し、それによって皇帝
は(中略)城を奪還した。(中略)秀頼の家臣のうち兵士やその他の者約1
万人が死んだ」
研究人員認為秀頼的家臣背叛放火的記錄已在別的文獻中出現過,但是從城牆上將背叛
者丟下來的記述則是首見。由外國人的眼中客觀記錄的可能性阿魯。